ブログ戦記2nd vol.46 明けまして

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年末年始どころか、12月中旬くらいから、ほとんどブログを稼働していなかったけど、やっとこさ日記という形でブログを再開できた。

そもそも、「誰かのために」ブログをやるのは難しいというか、出来ていない。

ただ、ブログを「仕事」と捉えれば、多少なり嫌な部分や苦手な部分があっても、やらなくてはいけない。

 

ブログを始めて半年経った今も、「日記」なのか「稼ぐ」なのか、その判断を決めきれずにいる。

そんなこんなで、言い訳をしながらも、「辞めない」という理由の元、たとえゾンビのようなブログであろうとも、ひたすら何かを求めて歩き続けている。

 

そんな風に考えると、目的地を設定せずに歩くのはしんどい。

ゾンビは人間を襲い食べるけども、その先に何の目的があるのだろう。

ただお腹を満たすためなのか。

 

人間をお金に変換したとしたら、お腹いっぱい食べれたとして、稼げたとして、その先に何が待っているのだろう。

なんて、稼げもしないのに悩んでいる。

人間でも中途半端なのに、ゾンビになっても中途半端だ。

人間を求めているのに、いざ目の前に人間がいても食いつきにいかない。

遠くから見ている間に、そこに多くのゾンビが集まって、あっという間に食べ尽くしてしまう。

 

「一体おれは、何がしたいんだ」

 

歩き続けて、多少は遠くにきたと思ったのに、景色は全く変わっていない。

校庭をずっと徘徊しているだけで、遠くにはきていない。

そりゃそうだ。

目的がないのだから。

 

自分から人を襲わないからといって、やられないとは限らない。

中途半端を繰り返している間に、人生ならぬゾンビ生も終わりかねない。

 

これ以上、妻子を巻き込むわけにもいかないし。

妻はゾンビになった自分を横目に、まだ人間に戻れると信じてくれているらしい。

子供達にはまだ、ゾンビになってきているのはバレていない。

が、歳を重ねれば、「こいつゾンビだったんだ!」と、バレてしまうに違いない。

 

「ゾンビの何が悪い!」と言いたいところだ。

ゾンビにだって色々ある。

 

はず。

 

今書いているこの言葉の数々を、「ブログ」と定義できるのなら、ブログはやっぱり面白い。

脳みその引き出しから、遠慮なく色々なものを取り出して、制限なく放り出していく。

たまに見つかるコンプライアンスに関わる言葉は、瞬間的にゴミ箱に捨てる能力は持ち合わせているのも幸いだ。

 

とはいえ、やはりいつまでも、この生活を続けるわけにはいかない。

おそらくありがたい事なのだと思うが、もう選択肢が残されていいない。

選択肢が多ければ多いほど、決断は出来ないらしい。

今の選択肢は「残る」か「動く」

この二つだけ。

 

決断は二つなのに「何故残るのか」「なぜ動くのか」という、大事な部分が取り残されている。

残ればわかる。動けばわかる。

と言ってしまうのもありだけど、やはり動機や目的は必要なのだろう。

 

そうこうしている間に終わってしまう。

さっきと同じことを言っている。

こうやって時間というものは失われていくのだろう。 

 

無理に決断しない。

ブログの「楽しむ」も「稼ぐ」も。

「残る」も「動く」も。

 

しかし、時間もそう多くは残されていないよう。

これ以上書くと、グダグダの極みになりそうなので、もう辞めておく。

何でもやりすぎはストレスだ。

 

ほな、さいなら。

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